不自然の中に自然を探す

JANO

2026/03/28 07:02

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多動力というタイトルのホリエモンが書いた本がある。読んだことはないが、未完成のままでもとにかく動け、そんな話なのかと勝手に想像して、僕はこの多動力を最近意識している。

 

昨年の頭に別格ラジオというpodcastを初めて、途中自己流の健康法を唱えていた回がある。それがこちら。

要約すれば、"動いたら何か変わる"みたいな話。身体が重たいとかって心が重たい状態。大体メンタルが原因してると思っていて、自分の経験をふまえたうえで動いた方が吉だなといった話をしている。

 

身体が動かない時こそ、動かしていく。最近の僕はずーんと身体が重たいので逆にいろんなところへ足を運んでいる。出掛けては激しく疲れてを繰り返しているけど、身体が重くて引きこもっている日々より遥かにマシである。大体行って良かったなで帰って来れてるし。

 

昨晩は音楽業界の方が主催している交流会に参加してきた。普段なかなかそんな機会もないが、何もわからないからこそバカなふりして足を運んだ。

 

何かを求めてきている人が集まっているであろうところへ、私だけは別に何も求めてません、みたいな顔をしていくのは間違っている。一昔前の僕ならそうしていた。20歳の頃は誰も僕のことなんか見ていないのに、全てを跳ね除けるかのような態度をとっていた。とにかく1人だし尖っていた。さて、大人になった今僕はどんな立ち振る舞いをしたか。

 

8割型カウンターで1人で過ごしていた。ミュージックバーが会場だったのだが交流会に来ているにも関わらずぼくは黙りこくって目の前のスナックと睨めっこしていた。バーの店長さんは子犬を見るかのような目でぼくに気を遣って話しかけてくれた。暖かく、優しかった。バイト募集してるよと言ってくれた。母のようだった。

 

出会う、という目的が明確に設定されてる場所で1人でいることの違和感は半端じゃない。存在する場所を間違っている。上手く場に適応して立ち回れるように自分やJANOというものをもっと育てたい。自己を証明できるものが強くて、初対面の誰かにさえも伝えたいことがある。そんな状態だと上手く立ち回れるんだと思う。今は特に作家脳が先行しているので、尚更情熱的に自分を紹介することはできなかった。

 

 

反省すると同時に、僕は変にプレスをかけて人に話に行くことを得意としてないんだとも思った。だから1人でいる時間は長いし、たまたま横に漂着した人とか、同じように隅っこで1人でいる人とかと話したりする。目的が設定されている場所での唯一存在している自然がそこにある気がしている。不自然な場所で自然を見つけるには時間がかかるけど、1人で彷徨った先でそうやって楽しく話せたりすると普通に嬉しい。主催の方ともお話しできていい夜になりました。

 

 

(ホリエモンって名前つけたの凄いなあとこの記事を書きながら思っていたけど、podcastに別格ラジオと名付ける僕もなかなかやっているかも。)

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