「かなしさ」について

JANONO

2026/08/27 18:47

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8/16に青山のnoseartgarageという場所で行ったヘッドフォンライブは、「かなしむ」をテーマにした展示の中での演奏だった。ライブを迎えるにあたって、自分の中でも「かなしむ」について何か話せたらと思ったけど、かなしい記憶をあまり思い出せなかった。なので大したお話はできなかったけど、悲しい記憶があまり残ってないことが僕としては結構意外で面白かった。

 

まず「かなしい」って大半が人やものとのお別れの話になると思う。僕は幼少の頃から引っ越しが多かったから、友達とのお別れは多かったし、お付き合いしていた子やバンドメンバーとのお別れも経験している。ただこうして思い返した時に、お別れした瞬間の寂しさ悲しさよりもその周辺の楽しかった思い出だけが外郭を保ったまま頭に残っていて、「悲しさ」みたいなものは薄く広くぼんやりと残っているものだなと思った。なんとなく香りのようなもの。だから金木犀の香りだったり、冬の匂いだったり、切ない気持ちになるんだろうか。

 

こんな話をちょうど一昨日CDを借りた店主さんともした。年齢を重ねるごとにお別れに執着しなくなってきてるよねえ〜なんて話が一番初めにした話だった。本当にその通りで、もちろん悲しさや寂しさ、混乱が初動では襲ってくるけど少し冷静になれば「ありがとう」感謝の気持ちに変わっている。

 

何度もここの記事で儚さについて触れているけど、儚さを理解しているからこそ瞬間を大切にできている気がする。初めから終わりがあることを知っているから今を理解できる。終わりが来た時には、感謝が残るみたいな流れだろう。人間は気づかないまま少しずつ大人になっていくものですね。

 

 

 

それでは〜

 

なんだかさらっと食べちゃった宇宙一美味い中華屋のラーメン。全然宇宙一ではなかった。

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