おかしな気づき
東京生活、移動のほとんどが自転車移動なのですが、先日出先でタイヤがパンクしました。家までの距離はだいたい6kmくらい。自転車で30分かかる距離でパンクです。最寄りの自転車屋さんに駆け込んだら今日は見れないと言われてしまい、歩いて帰りました。家までは1時間30かかりました。
こんなバッドエピソードですが、考え方一つでかなりポジティブに変換出来ます。僕はパンクしたりチェーンが外れたり、変に赤信号ばかり捕まっている時にイライラしません。きっとこのパンクがないまま自転車を漕いだら事故していたんだろうな、とか都合よく変換してます。
昔1ヶ月で3回くらいパンクしたことがあって、その時を境にタイヤの空気入れに神経質になったのですが、だいたい自転車は2週間に1回空気を入れてやるのがいいそうです。僕はその教えを守ってここ2年くらいパンクとは遠縁になっていました。ちょうど4日前くらいに空気を入れたばかりでしたし、自転車の状態も良かったのですがそんな中でのパンクでした。神様が僕を守ってくれたということにしました。
それに90分も自転車を押して歩いて帰ることは滅多にないですから、新しい発見がありそうだな〜と少しだけワクワクしながら帰りました。
単純にお店を見つけたりもしたし、おかしななことにも気づきました。そのお話をひとつ。
この日僕はあえてイヤフォンをせず、携帯は1回も見ないで家まで帰ることにしました。ですが、ものの50分くらい歩いたところで強烈な孤独を感じました。情けないです。普通ならここで誰かに電話をかけるとか、音楽を聴くとかすると思いますが、なんせ情けないので携帯はまだ開きません。
僕の頭は少しだけおかしいので、同じ方向に歩みを進める人あらば、交渉して一緒に話しながら帰ろうと思い途中から人を探して歩いていました。
でも出会う人はだいたい逆方向を目指している人ばかりです。最後まで誰も同じ方向を目指して歩いている人に出会わないまま家まで着いてしまいました。
ここでよくよくかんがえてみてください、実はそれが当たり前なんです。
遅い時間で人がいなかったのも原因ではあるけど、そもそも同じ方向を向いて歩いている人と出会うのって信号待ちでハントするか追い越して声かけるかの2択なんです。そもそも難易度が高いことに気がつきました。当たり前に人と出会う瞬間は、すれ違う瞬間がほとんどなんです。出会いは一瞬。刹那的です。
当たり前のことだったけど何年も気づきませんでした。これから先、知らない人に声をかける必要がある時には、僕は人流に逆らう方向を向いて、その瞬間を狙おうと思いました。
それでは。